Shared Print — 論点提示ノート

誰と、
分かち合うか。

これは結論を示す資料ではない。北米で40プログラム・750館が実践するシェアードプリント(印刷体資料の共同保存)を手がかりに、日本の図書館がネットワークと管理体制をどう設計すべきかを、現場の図書館員・意思決定者が議論するための土台として作成した。

対象読者 北米外の図書館員・意思決定者 目的 周知ではなく、論点提示と議論喚起 日本 × 北米の対比
01

資料費は語られる。では「管理」のコストは?

大学図書館の予算は年々細る。だが議論の的になるのは新規購入費ばかりで、すでに書架を埋めている資料を保存・管理し続けるコストは、ほとんど可視化されていない。日本ではどうか。

国立大学図書館 蔵書充足率98%

文部科学省「学術情報基盤実態調査」令和6年度(蔵書冊数 ÷ 書架収容可能冊数)

686,075冊/年
令和5年度の年間受入冊数(国立大学図書館)。この量が、すでに98%埋まった書架に毎年積み上がっていく。
約3年
このペースで積み上がり続けると、収容力の上限に達するまでの猶予は約3年という計算になる。
同調査の数値から試算(除籍等は考慮しない単純計算)
データなし保存・書庫維持・デジタル化等にかかる「管理費」そのものを分離した公表統計は、現時点で存在しない。ここに示すのは蔵書・受入という「量」の統計。
02

Concept — 理念と北米の規模

シェアードプリントとは何か

同じ本を、何十もの図書館がそれぞれ「万一のため」に個別に保管し続けている — これが今の状態。シェアードプリントは、参加館同士で「この一冊はうちが将来にわたって保存すると約束する」と分担を決め、重複した保管をお互い手放せるようにする仕組み。資料保存を「各館の個別課題」から「機関間の共同責任」へ捉え直す点が核心にある。

この広がりを後押ししてきたのが、繰り返し示されてきたコスト効果だ。

北米 — 試算はある

$4.26
開架書庫
$0.86
高密度書庫
80%減
高密度書庫に切り替えた場合の、1冊・年あたり保管費の削減幅(2009年ドル)。
Courant & Nielsen (2010)
$50万$200万/年
ARL加盟館がシェアードプリント体制を整えた場合の削減見込み。スペースは45,000平方フィート超の削減も。
OCLC Research (2013)

※ いずれも事後検証された「実績」ではなく、コスト構造に基づく試算値。

900館+
15コンソーシアムが参加(Shared Print Partnership)
6,800万冊+
保存を約束した冊数。増加中
20〜25%
各館が自己申告する保存対象の割合

この規模を支えているのが3層構造。単独機関が支配的立場に立たないよう、層ごとに役割を分けている。

個別図書館
実際に資料を保存する責任を負う最小単位。
地域プログラム
日常運営の実務を担う層。専任プログラムマネージャーを置いたり、物理的な共同保存拠点を運営したりする(例:SCELC、MSCC、Colorado Alliance、Keep@Downsview)。
連合体
個別図書館ではなく、プログラム間の取り決めとして運営される層(例:The Partnership for Shared Book Collections、カナダのNorth/Nord)。
03

Japan — ここまでの歩み

日本の動き

2026年4月、東海国立大学機構の岐阜大学図書館・名古屋大学附属図書館蔵書構築プロジェクトチームが、北米Shared Print Toolkitの日本語翻訳版を公開した。この一報の背景には、10年以上にわたる検討の積み重ねがある。

2014
村西明日香氏(名古屋大学)が検討の出発点となる論文を発表
2014–2018
JANUL東海北陸地区にシェアード・プリントWG設置
2020.06
JANUL学術資料整備委員会が報告書を公表
2020
東海国立大学機構が発足。同時にJANUL部会は活動終了
2020–
2館の蔵書構築プロジェクトチームが実務検討を継続
2026.04
Shared Print Toolkit 日本語翻訳版を公開

北米型のガバナンスモデルに照らすと、日本は全国組織主導の段階を終え、法人統合という基盤の上で2機関が自然発生的に検討を続ける段階にある。

A
既存コンソーシアム拡張
— 活動終了
B ← 現在地
法人統合を背景にした
2機関の自然発生的検討
C
全国機構主導
— 未到達

蔵書構築プロジェクトチームという体制

団体としては単一の「プロジェクトチーム」だが、メンバーは岐阜大学図書館と名古屋大学附属図書館という2機関から成る合同チーム。単なる2団体の連名ではなく、法人統合という既存の制度的枠組みの上に成立した点が、連携のスピードを支えている。

国内の下地NACSIS-CAT/ILL(所在の可視化)、JUSTICE(共同契約の実績)、JANUL地区共同保存書庫
国際的な文脈(2026年)8月:フランスで印刷逐次刊行物の共同管理国家プログラム「PGP」始動。2025年末:英国でも同種プロジェクト
04

Design Gaps — 日本で動かすなら

実際に、何がずれるのか。

Toolkitを翻訳した蔵書構築プロジェクトチーム自身が、「北米の先進事例をそのまま日本に移植するマニュアルではない」と明言している。だからここでの問いは「共同化するべきか、やめるべきか」ではなく、日本で実際に動かすとしたら北米の設計のどこがそのままでは噛み合わないか、という一点にある。

北米はここをどう設計しているか

  • 専任プログラムコーディネーターを配置し、日常運営を担わせる
  • 最初から永続的な約束にせず、3年間の試行期間を設けてから継続を判断する
  • 全点ではなく、蔵書の20〜25%という現実的な保存率を自己申告させる
  • 参加度合いをGood/Better/Best/Aspirationalの4段階に分け、館の体力に応じた関与を認めている
Good
最低限の参加条件
体力の限られる館は
ここが着地点になりやすい
Better
一段踏み込んだ関与
Best
プログラムを牽引
Aspirational
将来像

日本への問い

Q1効果を継続的かつ低コストで測り続け、検知・是正につなげるインフラを、誰がどう作るのか。

北米は各館が自己申告する保存率(20〜25%)を、コンソーシアムが継続的に集計し、検知・是正の仕組みとセットで運用している。日本でも個々の館の蔵書統計を単発で調べること自体は不可能ではないが、それを毎年のように低コストで積み上げ続け、状態が悪化した館を検知・是正するインフラが存在しないために、基礎データが継続的に蓄積されないままになっている。そもそも保管にどれぐらいのコストがかかり、どれぐらいの書籍がどれぐらい重複しているのかという、測定の出発点自体がまだない。

Q2ネットワークの対象は、大学図書館だけでよいのか、それとも文庫等の把握・連携まで視野に入れるのか。

北米では独立系研究図書館(Newberry Library、Huntington Libraryなど)がIRLAという業界団体を通じて、CRL/PAPRという大学図書館と同じshared print基盤にすでに接続されている。日本にも東洋文庫のような大量蔵書を持つ財団立の文庫が一定数存在するが、これらを横断的に把握する統計や枠組み自体がまだない。

Q3誰が、どの権限で運営を回すのか。

北米は広域コンソーシアムでの意思決定・予算配分という下地の上にMOUを載せている。日本はMOUを結ぶ主体はあっても、それを実務レベルの運営体制に落とし込む慣習がまだ薄い。Good/Better/Bestの段階設定自体は北米でも機能しているが、予算・人員が北米ほど厚くない日本の館がこれを使うなら、「Good」で止まることを是とするのか、押し上げる仕組みを別に用意するのかも問われる。加えて、北米は「単独機関が支配的立場に立たない会員参加型」を意識的に設計しているが、日本の大学間には歴史的な序列(法人統合の経緯を含む)があり、この設計をそのまま輸入できるとは限らない。「十分に保存された」とみなす基準(最適部数・同一性判定)自体を誰がどの権限で決めるのかも、運営権限の一部である。

Q4これらをどう組み合わせれば、利用者が早く確実に資料を手にできる体験を維持できるのか。

北米はKeep@Downsviewのように、共同保存拠点への集約と、現物送付・PDF送達をセットで設計している。「集約されて手元から現物が消える」ことを前提にする以上、その代わりの入手手段が早く確実かどうかが利用者体験を左右する。日本にはNACSIS-ILL(現物・複写融通の基盤)や、カーリルのような館種横断の蔵書検索といった既存インフラがすでにあるが、これらをshared printの前提に耐えるスピード・体制まで拡張できるかは、まだ答えがない。

Q5ゼロから専用レジストリを新設するのか、NACSIS-CATを拡張するのか。

北米はPAPRのような、shared print専用の保存コミットメント登録簿(どの館がどの資料の保存を約束しているか)を運用している。日本にはNACSIS-CATという総合目録がすでにあるが、これは「何がどこにあるか」の可視化であって、「どの館がその保存を約束しているか」という情報は今の目録設計には含まれていない。

Q6大学図書館ネットワークと、NDLという既存の最終保証館は、どう役割分担すべきか。

国立国会図書館は納本制度により「国内発行物を必ずどこかに1部残す」役割をすでに法的に担っており、北米のshared printにおける「最終保証館(last copy repository)」に近い機能を持っている。北米にはこれに相当する一元的機関がなく、分散型のコンソーシアムで代替しているのに対し、日本はこの資産をすでに持っている。大学図書館ネットワークは複本の分散管理に専念し、各大学が個別にNDLとシェアードプリント契約を結ぶ、という設計もありうるのではないか。